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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)7243号 判決 1988年5月27日

原告

沼尻和子

原告

恵花フミ

右原告両名訴訟代理人弁護士

今中美耶子

松石献治

被告

日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長

杉浦喬也

右訴訟代理人弁護士

鵜澤秀行

右訴訟代理人

佐藤久夫

室伏仁

藤田実

神原敬治

熊井信吉

矢野邦彦

橋爪克彦

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、原告沼尻に対し金七二〇、二〇〇円、同恵花に対し金三四二、八〇〇円及び右各金員に対する昭和六一年七月一二日から支払い済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告沼尻は故沼尻宏二の、同恵花は故恵花考司の妻であったが、右宏二、考司の両名が日本国有鉄道(以下、国鉄という)に在職していた昭和二九年九月二六日、「洞爺丸事故」により死亡したため、いずれも日本国有鉄道業務災害補償就業規則(以下、災害補償規則という。)に基づく差額補償金を受給している者である。

2  原告沼尻については、長女宏子が成年に達する昭和四九年六月一五日まで、原告恵花については、三女尚子が昭和三六年一〇月二〇日、四女禮子が昭和三九年二月四日、長男孝雄が昭和四二年八月二一日、いずれも成年に達する日まで災害補償規則に基づく加給受給資格を有する家族であった。

3  災害補償規則は、昭和二六年三月、制定され、国鉄職員が業務災害を受けたときは、これによって補償されることになったが、遺族補償については、労働基準法又は船員法による一時金の他は恩給法に基づく補償(公務扶助料)のみであった。

4  ところが、昭和三二年九月三〇日、災害補償規則の一部が改正され、これによって、殉職年金が新設されたことから、公務扶助料を受給している者に対しても、公務扶助料の年額が殉職年金の額に至らないときは、同規則の付則第四項(2)に基づきその差額を補償することになった。

ただ、殉職年金が実際に支給されたのは、昭和三五年一〇月からなので、原告らについても、差額が補償されるようになったのは同年同月からである。

5  災害補償規則の付則第四項(2)(以下、本件付則という。)は、次のとおり規定されている。

「法(注・恩給法を指す。)第一六条に規定する増加恩給(併給される普通恩給を含む。)又は法第七五条第一項第二号に規定する扶助料(以下「恩給」という。)を受けることができる者で、その年額がこの達に定める障害年金又は殉職年金の額に至らないときは、この達の定める限度でその差額補償を行う。恩給の年額に異動を生じたときも、また同様とする。」

本件付則の解釈は規定に忠実、厳格になされなければならない。何故なら、右規定によって補償される差額補償は、業務災害により一家の働き手を失った遺族の生存権にかかわる問題だからである。

すると、「その」が直前に表示された事物・場所・方角・概念などを示す指示代名詞であることからすると、本件付則の「その年額」が「法四六条に定める増加恩給」または「法七五条一項第二号に規定する扶助料」を指し、これには恩給法七五条二項の遺族加給金と同法付則一四条二項の遺族加算金が含まれないことは、文理上から明らかである。

6  しかるに、国鉄は本件付則の「その年額」とは、恩給法上の年金の総額(恩給法七五条二項の遺族加給金と、同法付則一四条二項の遺族加算金を加えた額)を指すとの解釈のもとに、差額補償を行ってきた。

本件付則を、原告らのように解して差額補償を行ったとすると、昭和六〇年に至るまでに、原告沼尻については別紙(略)(1)記載の金額が、同恵花については別紙(2)記載の金額が、未だ支払われていないことになる。

7  国鉄は、昭和六二年四月一日をもって法人の名称を被告に変更した。

8  よって、原告らは被告に対し、原告沼尻については金七二万〇、二〇〇円、同恵花については金三四万二、八〇〇円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六一年七月一二日から支払い済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実を認める。

2  同5の事実中、災害補償規則付則第四項(2)に記載のような規定の存することは認めるが、同規定に関する主張を争う。

3  同6の事実中、本件付則を原告らのように解するとすれば、原告らに対する未払い金額が、別紙(1)、(2)記載の金額になることを認める。

4  同7の事実を認める。

5  同8を争う。

三  抗弁

仮に、原告らの請求が理由あるものだとしても、原告らが本訴を提起した昭和六一年六月一〇日から五年前の昭和五六年六月一〇日以前の請求分について、被告は本訴において消滅時効を援用する。

即ち、本件差額補償は、就業規則により月割計算をし毎年三月、六月、九月及び一二月に、その前月までの分を支給しているものであり、民法第一六九条に規定する「年又ハ之レヨリ短キ時期ヲ以テ定メタル金銭ソノ他ノ給付ヲ目的トスル債権」に該当するから、同条によって五年の期間経過によって消滅時効が完成するのである。

被告の就業規則においても、「この規則による補償の請求権は、年金については五年間行わないときは、時効により消滅する」と明記されている。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実をすべて争う。

被告は、原告らに対し継続して殉職年金を支給してきたので、過去におけるどの履行期をみても「請求権は行使されている」のである。

原告らは、被告が就業規則どおりに支給額を算出しているものと信じていたのであり、被告の公的立場を考えると支給額に不足があるときは、被告は次の履行期における支給の際には、当然に、まずその不足分から支給したものと認めるのが相当である。

五  再抗弁

被告が時効の援用によって消滅させようとしている原告らの権利は、殉職年金債権という生存権的基本権に深くかかわるものであるから、時効の援用は権利の濫用として許されない。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実を争う。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1ないし4の各事実および災害補償規則に基づく差額補償金について、昭和三五年から六〇年に至るまでの間に、原告らが支払いを受けるべきであったと主張する金額と現実に国鉄から支払われた金額との差が別紙(1)、(2)のとおりになること、右の差額金が本件付則についての原告らと国鉄との解釈の相違から生じたもので、仮に本件付則を原告らが主張するように解釈すべきものとすれば、原告らに対する未払い金額が別紙(1)、(2)のとおりになること、についてはいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件付則についての当裁判所の見解を示すことにする。

本件付則が、「法第四六条に規定する増加恩給(併給される普通恩給を含む。)又は法第七五条第一項第二号に規定する扶助料(以下「恩給」という。)を受けることができる者で、その年額がこの達に定める障害年金又は殉職年金の額に至らないときは、この達の定める限度でその差額補償を行う。恩給の年額に異動を生じたときも、また同様とする。」であることについては当事者間に争いがなく、ここでいう法が恩給法を指していることは、成立について争いのない甲第九号証によると、災害補償規則四項本文の規定から明らかである。

原告らが、本件付則でいう「その年額」は遺族補償については、法七五条一項二号に規定する扶助料だけに限定されると主張するのに対して、被告は、「その年額」のなかには法七五条一項二号の扶助料だけではなく、恩給法七五条二項の遺族加給金と同法付則一四条二項の遺族加算金が含まれると主張する。

一般に、法令の解釈の方法を大別すると、法文の解釈や文章の意味を詮索する文理解釈と規定全体の趣旨、その法令の目的等から当該法令の規定の正確な意味を汲みとろうとする論理解釈あるいは目的論的解釈とよばれる方法の二つがあるが、実際の法令の解釈に当たっては、この二つの方法を適切に配合して、それぞれの法令の規定の文字や文章の意味を考え、それをその規定全体の趣旨に照らし、また、同時に結果の妥当性を考えながら、具体的なある特定の問題にその法令の規定をどういうふうに当てはめ適用するのが最も正しいかを判断し、決定することになろう。そして、こうした法令の解釈の方法は、基本的には本件のような国鉄の就業規則の解釈についても当てはまるものと考える。

そこで、原告らの主張が「その」とは直前の文中に表現された事物・場所・方角・概念などを示す指示代名詞であることのみを根拠としているならば、あまりにも文理に拘泥しているといわねばならず、解釈の方法としても誤りである。

ところで、本件付則中の「その」が「法七五条一項二号に規定する扶助料を受けることができる者」を指示していることは明らかであるが、これは差額補償を受けることのできる者の範囲を限定した趣旨と解することができるから、文理上は法七五条一項二号の扶助料の額に同条二項の遺族加給金と付則一四条二項の加算金を加えることも可能である。結局のところ、「その年額」を原告らが主張するように解すべきか否かは、文理のみによるべきではなく、災害補償規則全体の趣旨に照らして決定せざるを得ないのである。

(証拠略)および前記の争いのない請求原因3、4の事実によると、国鉄においては、昭和三二年九月三〇日、災害補償規則の一部が改正され、殉職年金が創設されるまでは、業務上死亡した職員の遺族に対する補償は国鉄独自では行わずに、恩給法に依っていたこと、しかるに、殉職年金が創設されたことにより、殉職年金の支給を受ける者と恩給法に基づく公務扶助料の支給を受けていた者とが併存することになり、両者の間に不公平が生じることを防ぐために、殉職年金の創設と同時に設けられたのが本件の差額補償制度であることがそれぞれ認められ、差額補償制度制定の趣旨からすると、「その年額」を算定するに際して、遺族加給金と遺族加算金とを除く必要は全くない。

そうすると、本件付則の解釈として文字に拘泥すれば原告ら主張のような解釈も可能ではあろうが、差額補償を設けた趣旨を考え、公平の観念からすると、これまで国鉄が行なってきた本件付則の解釈は文理解釈からも目的論的解釈のうえからも相当であるというべきである。

以上のとおりとすると、補償金の一部が未だ支払われていないとの原告らの主張は、その余の判断をするまでもなく失当であることを免れ得ない。

三  よって、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畔栁正義)

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